カテゴリー別アーカイブ: フェンス

【iMessage】iPhoneで格安SIMにかえた場合の思わぬ落とし穴

キャリアのiPhone同士で、SMSではなくキャリアメールアドレスを無意識にiMessageとして使っていた場合。

一人(Aとする)が、いわゆる格安SIMに変更する。わーい、脱キャリアだーとか言って喜んで使っていて(私です)、ある時設定アプリの中で「iMessageの着信アドレス」に、捨てたはずのキャリアアドレスがあるのを発見する。

「もういらんな、削除したろ」と言って削除してしまうと、前述の相手(iPhoneユーザーB )から見るとA宛に送っても送ってもAには届かず、Aからの返事が無いと思われるので要注意。

キャリアユーザー時代なら、その設定を外しても(いや、外す理由が無いが)BからAへは単にキャリアメールとして着信するから問題はなかった。しかし、iMessageとしてキャリアメールアドレスを使うというのは、appleのどこかのサーバで紐付けられてしまっている状態であり、そのユーザーAが脱キャリアしてもapple側の関知しないことなのだ。かくして、iMessageが機能不全を起こす。

iMessageはわかりにくいですな…。

【主にNHK】「完全版」が必ずしも良いとは限らない話

忌野清志郎追悼の単発ドラマ『トランジスタ・ラジオ』の「完全版」が放映されるということで、正座して観ていた。しかし……以前に放映したバージョンのほうが面白かったよ(´д`)。

「完全版」はオープニングとエンディングなどに清志郎のライブ映像がたっぷり入っていた。これのほうが追悼の意味があると思っているのかもしれないが、前作(オリジナルカット)のほうが、ドラマが主になっていた分だけにそこはかとなく追悼感が出ていたのだ。
付け足しをしたことで不完全版になってしまった……。そういうことも、あるんだよ。

だから今度、ドラマではないが「完全版 明治神宮 不思議の森」というものが放映されることにも一抹の不安があるのだ。

『洞窟おじさん』という単発ドラマは、観終わると「実は数カ月後に『洞窟おじさん 完全版』を連続四回で放映しますよ」という、まるで番宣か、パイロットフィルムの豪華版のような扱いだった。これに関しては、完全版のほうが面白かったことは言うまでもないのだが、冗長であることもまた否めなかった。実話がもとになっているから、完全版ラストでは「現在」へのすり合わせがじっくりと行われるわけだが、そこがちょっと微妙だったな。

連続5回のドラマ『64(ロクヨン)』は、『118分版 64』が放映されたが、これも意図が分かりにくい別バージョンとなった。118分という尺からは、やがて公開される別キャスト・別スタッフによる映画『64』への挑戦とみることもできる。総集編でははなく、連続ドラマ版にはなかった(結構重要な)カットが増えていたりして、なかなか興味深いものだった。連続ドラマ『64』を観てから原作小説『64』を読み、今回『118分版 64』を観てみたのは面白い体験だったが、これしか観たことの無い人の目にはどう映るのだろう。連続ドラマの「毎週やってくる」「続きはまた来週」というライブ感は貴重だ。だがそれはそれはなかなか共有できない。はかないね。


【家、website、出版物】顧客のしたいことを笑うな

家づくりの担当営業がなんと言おうと、(予算の許す範囲で)自分の好きなようにするべきだ。
ウェブサイト開発の担当営業がなんと言おうと、(予算の許す範囲で)自分の好きなようにするべきだ。
出版物の担当営業がなんと言おうと……いや、コンテンツたるべき出版物では担当営業というか編集者が有能であれば二人三脚が可能かもね。

三つ目はともかく、「家を造る(あるいはリフォームする)なら~家を造るならぁぁぁぁ♪」((c)ナショナル住宅)、好きなように造っていいんです。担当営業が変に難色を示しても、自分のやりたいように造ればいいんです。なかには、自分の過去の誤り(完成してみれば顧客の持っているイメージにケチをつけるようなものではなかった実例)を出しながらも、いざ新しい何かレイアウトや装飾アイデアを聞かされて「それはやめたほうがいい」などと言い出す営業マンが実際にいる。構造的に問題無い限り、顧客の言う内容を否定する必要などないんです。また顧客もそんな言葉に耳を貸す必要はありません。

ウェブサイトの開発などでも同じことが言えます。
営業マンは過去の自社事例などを持ち出してカタにはめようとしてくることでしょう。
でも、顧客はやりたいように造ってもらえばいいんです。
例えば文字フォントの指定だって、顧客の趣味であるならその通りにさせればいいんです。

顧客と(例えば)ウェブデザイナーの間に入った営業マンが優秀かどうかによって、最終成果物の善し悪しが決まってきてしまう。顧客がどうしも譲れない部分があると言うのなら、それを聞き入れた上でどう有効に生かしていくのかを一緒に検討していくべきだろう。

「フェンスがあるな。撤去したろ」な病

「なぜフェンスが建てられたのかわかるまで、決してフェンスをとりはずしてはならない」と、チェスタトンが言ったことになっている。

その大元はどうやらこれだ(tumblrから拾っただけ)。

http://whym.tumblr.com/post/203118545/なぜフェンスが建てられたのかわかるまで決してフェンスをとりはずしてはならない

さらに抜粋すると「進歩的な改革者がそこにやってきて、『私にはこれの使い道が分からない。撤去してしまおう』と大々的に宣言する」。

くらくらするね。吉田戦車的に「さて今日はひさしぶりにくらくらしてみるかな」という感じだね。

「フェンスがあるな。撤去したろ」とか。
(原子力発電所の是非はともかく) 「原発? 火力発電所をフル稼働させればええやろ。止めたろ」とか。
そのしわ寄せはどこに行く?

このエントリはカテゴリも作ります。フェンスカテゴリに書く事例が今後増えませんように。

チェスタトン入門はこのあたりからどうぞ。